threeさんの指摘によって直した文章の、訂正前のものです。
↓ 以下、記事本文
第1章
2,風辺の能力
「おい、風辺。ここの動詞の活用形は?」
気がついたら僕は教室にいた。教師が聞いてきている。
「ちゃんと起きとけよ。分からないだろうから、後ろ、小池」
ポケットに手を入れてみる。あれがある。
「私のことを、意思に掛けて、イシって呼んだらどうだい?」
急に話し掛けられて驚いた。
みたところ、周りの人にこの声は聞こえていないようだ。
(じゃあ、そうしようかな)
無事に授業が終わった。
僕はすぐ屋上に出た。そこからは、「双海の丘中学校」という名の通り、海が東と西に二つ臨むことができる。
「そういえば、私を持っているメリットについて話してなかったね。教えてあげよう」イシは言った。
「じゃあまず、ここから飛び降りて」
僕は驚いた。 当たり前だ。
「迷ってても話が進まないよ、早く」
それでも僕はためらっていた。
「カウントダウンしてあげるから。 スリー、ツゥー、ワン、ゴー!」
僕は決心して飛び降りた。まだ死にたくないのに!
風が耳を切る。いや、耳が風を切っているのか。風の音が耳元で鳴っている。
お腹がスッと持ち上がるような、奇妙な感触。これは、ジェットコースターが坂道を急降下しているときに感じるのと同じ感触だ。
「さっき、“死へのカウントダウン”って思っただろう」
落ちていく僕にイシは話し掛ける。すぐ僕の気持ちを読むのはやめてほしい。
「普通、建物の屋上から落ちている人がこんな冷静にいられると思うかい?」
いるはずがない。落ちた人の心理状態を聞いたことがないから、想像だけど。
「が、君は冷静でいられている。気も失わず、頭を上にしたままで」
そういえば、人は頭が重いから、長い距離を落ちていくと頭が下になる、という話を聞いたことがある。
「もうすぐ地面だよ」
地面が近づいてくる。 死にたくない、と思うが、なぜか恐怖心はまったく起こらない。
トン。
足が地面につく感触。 反射的に膝を曲げて衝撃を軟らげようとしたが、その必要はなかった。
「ほら、私の言ったとおりだっただろう」
否定できない。
「じゃあ、次は飛んでみようか」
イシは続けて言う。飛ぶこともできるのか。その前に、なぜ飛び降りても平気だったのかを教えてもらいたい。
「まぁまぁ。それはあとで話すよ。とにかく、好きな飛行方法を頭に思い浮べてごらん」
飛行方法?
「生身のままなのか、何か道具を使って飛ぶのか。飛行手段だね」
僕は、空飛ぶ座布団を想像した。乗って、空を飛べる座布団。空飛ぶ絨毯だったら一人には大きい上に、偉ぶっている気がした。
すると、イシは座布団の形、大きさに変わっていく。 薄紫色に光っているのは同じだ。
「じゃあ、乗ってみて」
僕は地面にイシを置き、その上に正座した。少し、地面から浮いている。
「どんなふうに飛ぶのか、心の中に思い描いてごらん」
(自転車をゆっくりこぐくらいの速さで、屋上のさっきいたところまで飛ぶ)
そう思うか思わないかのうちに、イシはふわりと上昇を開始し、高度を上げていく。さっきの場所までむかって。
もちろん、僕の体も一緒にあがっていく。
屋上に着いた。
「別に座布団に限らず、飛ぼうと思うだけで、好きな場所に好きな速さで好きなように行けるわけだよ」
それは便利だ。
ところで、さっき飛び降りても大丈夫だったのはなぜだろう?
「落ちているとき、君は何を考えていた?」
落ちているとき。(まだ死にたくない)と思っていた。
「だからだよ。君は落ちても死にたくないと思った。だから死ななかったんだ」
すると、あの時(死んでもいい)と思っていたら無事ではなかったわけなのだろうか?
「そう。でも、私がいるから、そうはさせない。ただのイシじゃないからね。意思を持っているんだから。君にはまだ生きていてもらわないと」
そうか。確か、自分の星を人一人の視線から観察、と言っていたからかな。
「落ちた時や、空を飛んだ時のはほんの一例。私を持っている人、すなわち所有者は、何かを思っただけで、それを実現・実行できる。そう、さっきしたことだけにとどまらず何でも。人の気持ちを読み取ったり、炎を出したり、念動力を使ったり。万能になるんだよ。本人のエネルギーは少し使うけどね。
これだけは覚えておいて。この能力がいやになったらいつでも、その力だけを使えなくしたり、所有者を変えたりできることを」
なるほど、確かに、普通に生活していく中で、そんな能力はいらないかもしれない。けれども今はまだ、イシを手放す理由はない。
「もし君が人として、してはいけないことをしそうになったら、私から警告しようか?」
そうしてほしい。人はどうなるのか、誰にも分からないから。
「わかった。あ、それと、万能とはいっても時間は操作できないし、この星以上の力は出せないから。気をつけて。 じゃあ、何か必要なことが起こるまで、私は黙っておくよ。では」
もう話してくれないのだろうか。言いたいことはそれだけなのだろうか。 そう考えても、イシはもう答えてくれない。僕の手の中で、ただの薄紫色に輝く丸い物体になってしまった。
僕はイシをポケットに入れた。とその時、チャイムが鳴りだした。本鈴だ。授業が始まってしまう。
瞬間移動はできないのか。
僕は「思っ」た。 屋上にある扉を開け、階段を降り、自分の教室の前の廊下にある、ロッカーの陰まで行くところを。
僕はうずくまった。そして、その場所まで向かって体全体を引っ張るように腹に力を入れた。その動作が本当に必要なのかは知らない。ただ、瞬間移動する時はそうしなければいけない気がした。
周りでその光景を見ていた者は驚くに違いない。
一人の少年が、白く輝く光に包まれたかと思うと、次の瞬間には薄紫色に光る粒子を残し、忽然と消え失せてしまっていたのだから。
だが、その光景を見ていたのは誰もいなかった。
残った光の粒子もすぐ、空気に溶けていったかのようになくなった。
風景が流れていく。
思い描いた道を、高速で駆け抜けているようだ。
ロッカーが近づいてくる。
当たる、と思った瞬間、周りの景色は止まり、気がつくと僕はロッカーの陰にうずくまっていた。
世界に音が戻ってくる。移動中は、耳が聞こえなくなるらしい。
チャイムの音だ。まだ鳴り初めてから間もない。
僕は立ち上がり、力を使ったせいなのか、少しの疲労感と共に教室の中へ入っていった。
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